交換戯曲

藤井友紀×美崎理恵×初瀬川幸次郎

  • 登場人物は『3人以内』
  • 1ツイート内で台詞とト書きを執筆し相手に渡す
  • 1ツイートの制限時間は『5分程度』
  • 相手への返信の形で続きを執筆する
  • 合計『30ツイート』で終了
  • 作:藤井友紀(舞台芸術制作室 無色透明)、美崎理恵(水中散歩/創作てんからっと)、初瀬川幸次郎
  • 執筆日:2021年4月26日
  • タイトル:ドーナツの穴は万華鏡(サカイリユリカ様よりご提供)
  • 場所:地底湖(サカイリユリカ様よりご提供)
  • 時間:早朝(サカイリユリカ様よりご提供)

初瀬川

地底湖の前、男女が立ちすくんでいる。

男「本当にここに出るの?」
女「友達が見たって。前」
男「絶対騙されてるってそれ」
女「いやでももう目の前まで来てるんだからさ、入ろうよ」
男「そうだけど」
女「もしかして怖いの?」
男「なにがよ」

美崎

女「え……」
男「え、何」
女「大丈夫?」
男「何が」
女「なんか顔が……」
男「顔が……」
女「やだ……私まで怖くなってきたじゃない」
男「何!」
女「深呼吸して、深呼吸」
男「わ、わかった」

藤井

男、ゆっくりと息を吸う……。
女もつられて息を吸う。
女、息を吐く。
男、まだ息を吸う……。
女、男を見る。
男、まだまだ息を吸う。

女「えっ……」

男、息を止める。
女、男を見守る。
男、まだ息を止めている。

女「ちょっと、」

男、まだ息を止めている。

女「どういうつもりよ」

突如、地底湖の水面に漣が……。

初瀬川

地底湖の水面から女2が現れる。

女2「なんですか。さっきからうるさいな」
男「うわびっくりした」

倒れ込む男。

女「え。どこから出てきました今」
女2「え。ここからですけれど」

女2、地底湖を指差す。

女「なにしてたんですか」
女2「なにって泳いでたんですけれど」

美崎

男「泳いでた? いつも泳いでるんですか?」
女2「ええ、毎日」
女「毎日?」
女2「探してるんです」
女「何を?」
女2「大事なものを。一緒に探してもらえます?」
男「帰ります」
女「いいですよ」
男「ちょっと!」
女「どうせ暇なんだし、いいでしょ。何を探してるの?」

藤井

女2「……なんでしょう…?」
女「え?探しているんですよね?」
女2「はい」
女「この中にあるんですよね?」
女2「たぶん……
女「たぶん?」
女2「ずっと探して探して、なにを探しているのか…探しているものを探すというか……」
男「もういいよ、帰ろ」
女2「ツトム!」
女「ツトム?」

初瀬川

男「え、俺?」
女2「うん」
男「俺はツトムじゃねえよ」
女2「そうなんだ」
男「うん」
女2「でもいいやツトムで」
男「あ。うん」
女「で、なに。自分探しみたいな?」
女2「うん。自分が生まれた意味みたいなことを探してるというか」
男「それがどうしてここで泳ぐ流れになったんだよ」

美崎

女2「お告げがあったの」
女「お告げ?」
女2「この地底湖の底を探しなさいって」
男「今どのくらい探してるの?」
女2「一年」
男「一年も探してないの?」
女「飛び込もう。探すよ!」
男「え!」
女「お先」

女、飛び込む。

女2「あなたは?」
男「俺は…服を着たままでもいいのかなあ」

藤井

女「アンタは脱ぎなさいよ」
女2「言われてますけど、脱がなくてもいいですよ……」
男「あ、じゃあ」
女「脱げ!」
男「……もう……」

男、しぶしぶ脱ぎシャツを脱いだ時……。

女2「ツトム!」
男「なんですか、ツトムって?」
女2「その胸筋…ツトムのそれと同じ……」
女「アナタが探してるのって」

初瀬川

女2「そう、胸筋を探しているの」
女「胸筋を?」
女2「うん胸筋」
女「胸筋って探してどうにかなるものなのかな」
女2「世の中に不可能なことなんかないのよ」

遠い目をする女2。

男「それでわたしは脱いだ方がいいのでしょうか」
女2「そうね。まさかあなたがわたしの探している胸筋だと思わなかった」

美崎

男「僕の胸筋をどうするつもり?」
女2「その返事はあなたが飛び込んでから」

男、飛び込む。
女2、男に近づく。

女2「これだわ、私が探していた胸筋……」
女「待って! その胸筋は私のもの」

女と女2、男を見る。

男「え……」
女2「ツトム…私について来て」

藤井

男「行くわけないだろ」

女2、湖の奥へ奥へと泳ぐ。
男、自然と女2に続く。
女、男を掴む。

女「馬鹿なの?」
男「わからない」
女「こんなものがあるから」

女、胸筋を叩く。

男「痛っ」

女2、戻り女の手を掴み、争う2人。

男「僕のせいか?」
女2「違う」

女2、親指と人差指で輪を、そこから男を覗く。

初瀬川

女2「この穴から見る胸筋が理想的」
女「穴から見たって胸筋は何も変わらないわよ」
女2「わたしはね、ツトムとホテルに行った時は必ずドーナツを買うの。それでいつもドーナツを食べながらツトムの胸筋を眺めるの」
女「なんだその遊びは」
女2「そうするとツトムは必ず笑うのね」

美崎

女「この人、すぐ笑うのよ」
女2「そういうとこが好きなの。あなた、覗いたことある? ドーナツからツトムの胸筋」
女「……」
女2「ないのね」
男「ないね」
女「言うな!」
男「……」
女2「見てみる?」
男「……見てごらん」

女2、自分の輪を女の前に。
女、恐る恐る覗く。

女「!」

藤井

女、急に溺れそうになる。

男「キミもか……」
女「どういうこと……?」
女2「私もよ……」

女2、からだを曲げ足先を見せるように七色に輝く大きな魚の尾ひれを見せる。

男「やっぱり綺麗だな……」
女「アンタのそれ、なんなの?」

女、からだをくねらせ、尾ひれを水面に上げる。

女2「だから探してた」

初瀬川

男「そうかここにいたんだな」
女2「そうね、ずっと待ってた」
男「この地底湖を見た時にちょっとだけ予感がしてた」
女2「忘れてたんだね。やっぱり」
男「人間としての暮らしに慣れすぎちゃったからな。忘れようとしてただけかもしれないけれど」

美崎

男「でも夢には見てたんだ。いつもその尾ひれが僕の周りをぐるぐる回るんだ。そのうち、自分が回っているのか、僕が回っているのかわからなくなる。でもとっても美しんだ。美しい世界に僕はいるんだ。今わかったよ。それはこの湖の中だったんだ……」

藤井

女2「アナタも覗いて」

男、親指と人差指で輪っかをつくり、そこから女2の尾ひれを……。

女「やめ!」

女、女2の尾ひれを沈める。

女「アンタなんなの?」
女2「アナタこそなんですか?」
男「やめないか、そんな争い意味がない。キミもすぐわかるだろう」
女「どういうこと?」

女2の尾ひれ浮かぶ。

初瀬川

女2「もういいからあなたは帰りなさい」
女「そんな気分ではあるけれどどうも釈然としない。急にイチャイチャし始めやがって。訳分かんないわよ」
男「いや君はもう帰りなさい」
女「あなたはどっち側の人間なのよ」
男「わたしは常に中立でありたいと思う」
女「偉そうに」

美崎

女2、指で輪を作る。

女2「この人はね、丸が好きなの」
男「つまり、平和が好きなんだ。三角より丸。四角より丸。角はない方がいい。その中から見える世界は最高だ。美しい。キラキラ。平和は美しんだ」

女、いつの間にか泣いている。

藤井

女「馬鹿なの?」
男「なに言ってんだ」
女2「まだ言ってる」
女「私…馬鹿になったの…? アンタの言ってること、全然わかんないのに、涙止まんない……」
男「なつかしいんだろ」
女2「なつかしい…? この娘、誰……?」
男「記憶から探してみなよ」

女、指で輪をつくり女2を。

女2「やめ」

初瀬川

女「ああそうか」
女2「なんなのよ」
女「これまでにも何回も何回も」
男「自分もようやく思い出した」
女2「え。分からない分からない」
男「君も胸筋ばかり見てないで、この子のこともちゃんと見てみなよ」

男、指で輪っかを作って女2に示す。

美崎

女2「ちゃんと……見る……」
女2,男の指の輪から女を見る。
女2「あ……」

女2、尾ひれで水面を叩く。
水がとびはねて洞窟の中全体が光る。

男「きれいだ……」
女2「あなた……もしかして……」
女「いっしょに帰らない?」
男「帰ろうよ」

藤井

女2「帰れるの……?」
女「アナタがそう思えば」
女2「私、この世の涯てに行ったつもりになって忘れてた…回ればくるくる変わる世界もあるのに見えない暗闇をひたすら泳いで……」
男「いや、泳いでたから、ここで会えたんだ」
女「ここに入る時、朝顔の花が開きかけてて、それでなんだか……」

初瀬川

男「ずっとずっと大変だったね」
女2「ここ最近はもう胸筋のことしか考えていなかったから」
女「でもそのおかげでね」
女2「胸筋も悪くないね」
男「出られるかな?」

男、女2に手を差し出す。

美崎

女2「やっぱり怖い」
女「ずっとこんな世界にいたんだもんね」
女2「外に出たら溶けちゃわないかな」
男「大丈夫。この世界も、外の世界も実は一緒なのさ。苦しくなったら輪を作って、そこからのぞいてみよう」
女「……先に行ってて」
男「出る時は一緒だ」
女「……」

藤井

女、湖から上がろうとするが下半身鱗で滑り落ちてしまう

男「なにしてんだ?」
女「アンタの胸ポッケに入れといた」
男「なにを?」

女、指で輪っかをつくる。

女2「どうしてそこまで……?」
女「わかんない。アナタはとってもなつかしい、幼い頃好きだった華みたいな……」
男「帰ろう海へ」

初瀬川

女2「本当にいいの?」
女「ずっとずっと大変だったよね」
男「もう苦しまなくていいから」
女「これまで大変だった分、これからは」
女2「信じて。ずっと。ずっと探してて良かった」

美崎

女2、地底湖に飛び込む。

男「どうして!」
女2「もう少し探したい!」
男「見つけたんじゃないのか!」
女2「わからない!」
女「見つけたのよ、あなたは!」

女2、ぐるぐる水の中を回り始める。

女「それがあなたの答えなの?」

女2、ぐるぐる回って輪ができる。
水がキラキラと光る。

藤井

男、輪を見つめる。

女「思い出して来た?」

男、脱いだシャツからドーナツを女2の輪と重ね覗く。

女「見えた?」

男、泣いている。
それを見た女、泣いている。
女2、彼らを見て泣いている。

女2「なつかしい」
女「生まれた場所へ」
女2「帰ろ」
男「海へ」

3人、いや3匹の魚が燦く水面の中へ。